貧乏な家庭に育って社会への憎悪を拗らせていた僕。人生逆転させたいなら自力で稼ぐしかない。

こんにちは、長谷川ルキノです。

今日は過去話をします。

 

僕の家は元々そんなに裕福ではありませんでした。

父は土建業を営んでいたのですが…

社長ではなく個人事業主だったので、

雇っている人間も大体1~2人の規模。

 

収益規模もすごく調子の良いときで月商100万いくかな?

くらいのスモールな事業だったみたいです。

幽霊が出そうなオンボロ市営住宅に住んでた小学生時代

我が家は市営住宅が住まいでした。

市営住宅といってもかなり古いタイプ。

こういう「長屋」タイプのオンボロ市営住宅です。

 

長屋なので1階と2階があったのですが、

階段が超急勾配でめちゃくちゃ軋んだり…

 

飛行機が通り過ぎると家の窓が

「ガタガタガタッ!!!」

と震えて謎のポルターガイスト現象ぽくなったり(苦笑)

 

そんな感じのオンボロ住宅だったので…

子どもながらに友達を家に呼ぶのが超恥ずかしかったのを覚えています。

 

いや、正確に言えば、

小学校2年生の頃まではこの家が普通と思ってました。

だから恥ずかしいとかいう気持ちが湧く余地もなかったです。

 

ただ小学校2年生のとき、

クラスメイトの塩野君にめちゃくちゃイジられたんですよね。

「あいつん家は超オンボロで今にも崩れ落ちそう」

的なことを言いふらされました。

 

それが嫌で嫌でしょうがなかったんです。

顔と耳を真っ赤にしてうつむくことしか出来なかった僕。

悔しくて悔しくて涙をポロポロ流したのを覚えてます。

 

子どもながらに

「なんで僕の家はオンボロで、友達の家は綺麗で立派な一軒家なんだろう」

と疑問に感じました。

母に「家は新築の一軒家は買わないの?」

と聞いたこともあります。

 

もちろん世のお母さんの必殺技

「ヨソはヨソ!ウチはウチ!」

が炸裂して一蹴されたわけですがw

 

 

ただ家がボロいということ以外は、

小学生時代に貧乏で苦しんだ記憶はないですね。

ご飯はちゃんと食べさせてくれましたし、

定期的に外食にも連れていってくれたし。

 

そうそう、親父と二人で出かけるのが子どもながらに好きでした。

パチンコ屋に連れてかれて父の膝の上でハンドル捻ったりw

当時はパチンコ周りの風営法運用がガバガバだったので、子どもがよくパチンコ屋の中を駆け回っている状況でした(苦笑)

ちなみに今のパチンコ店がそんなことしたら一発営業停止レベルだと思います。

時には夜のスナックに連行されたことも。

で、ママに猫かわいがりされて嬉しかった記憶があります。

 

そんなこんなでそこまで不自由を感じずに小学生時代を過ごしました。

暗黒の中学生時代

中学生になったくらいのときに、親父がやらかしました。

当時雇っていた従業員の方が、重機に巻き込まれて亡くなったんです。

その事件が起こったときの事は今も鮮明に覚えてます。

(続く)

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超絶ブラックの土木建設会社で作業員として働いていた僕ですが、
ネット起業をきっかけに社畜を卒業し、現在はフリーランスとして活動しています。

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